娘が発熱して、思い通りにならない昨日と今日

三澤祐喜

実は昨日から娘(2)が熱を出しています。インフルエンザではなかったけれど、結構な高熱が連日出ていて、汗びっしょりになりながら辛そうに眠っています。見てるだけでいたたまれなくなって、今日の午前の予定は全部リスケジュール。午後は妻にバトンタッチしてもらいましたが、結構大変な1日でした。

そんな中で、ふと20代の頃のことを思い出しました。以前働いていた会社では、体調を崩すとなぜか怒られるという変な空気がありました。会社の雰囲気だったのか、会社の上の人たちが特殊だったのか、今でもよく分からないのですが、休むときは「体調を崩してすみません」と謝らなければならない雰囲気があって、その時から「体調を崩すのっておかしいのか?」という気持ちは抱いていました。「体調管理は自己責任」「自己管理していれば風邪は引かない」という考えが根っこにあったんだと思います。

それでこれって要するに、身体や体調は自分の意志でコントロールできるという思い込みなんじゃないかなと、最近そう思うようになってきました。

養老孟司さんの『なるようになる。 僕はこんなふうに生きてきた』を読んで、腑に落ちる話がありました。オウム真理教の医学部生が「尊師は水中に1時間いられる」「空中浮遊は日常的」と大真面目に語っていたというエピソードです。呼吸という、意志では絶対にコントロールできない生理現象すら意識で超えられると信じてしまう。

そんなこんなで一九九〇年代はじめから大学を定年前に辞めようと考え、九四年九月の教授会で、翌年三月に退官すると報告した。その頃起きていたのがオウム真理教事件でした。

一九八九年坂本堤弁護士一家殺害、九四年松本サリン事件、九五年地下鉄サリン事件など、オウム真理教は数々の事件を引き起こした。また大学のキャンパスで学生を勧誘し、高学歴の信者が多かったことも知られる。

ある日、医学部生がやってきて、「尊師が水の底に一時間いる公開実験をいたします。ついては先生に立会人になっていただきたい」と言う。

はじめはインドから奇術師でも来て、水中技でも披露するから、そのタネ、からくりを見破ってくれという話だと思っていたら、これが違う。大真面目の話で、いろいろ聞くと「オウムの道場では、空中浮遊は日常的です」と言って、帰っていった。

一時間も息を止められるはずがない。そんな当たり前の生理現象を無視する学生は、呼吸まで意識でコントロールできると思っている。「脳化」の極端なのが出てきて、びっくりした。「どうやって教えたらいいんだ?」。相当悩みました。

引用:養老孟司『なるようになる。: 僕はこんなふうに生きてきた』

簡単に言うと、自然や体という思い通りにならないものを、脳(意識や意志、言葉)で理解・制御しようとする態度のことと言えるでしょうか。例えば都市というのはその産物で、道路も川も予測可能に作り変えられ、死体さえも団地の設計から排除される。

小学二年生で終戦を迎えた当時の鎌倉は、砂利道に牛馬が多く、虫やカニがたくさんいたのに、ひたすらの経済発展で、道路はアスファルトで覆われ、車が行き交い、木々が削られて地になり、川は人工河川となり、水洗便所が普及し、臭い物には蓋がされた。部屋は冷暖房完備となり、虫一匹入れない。それは自然という理屈にならないものを排除し、予測統細が可能な人工の世界を広げる都市化の進展でした。

これを「脳化」と表現しました。僕は、脳化で排除された側です。若いとき、そこにいるだけで胸がいっぱいになった自然が減りました。鎌倉でもカニの姿が消え、トンボもすっかり減りました。草が生え、虫が生きる場所を、何もない「空き地」と表現するのも脳化の時代の象徴でしょう。地面の下にいるモグラやミミズのことはまったく無視しているから「空き地」なんて言う。

引用:養老孟司『なるようになる。: 僕はこんなふうに生きてきた』

これを読んで、あの会社の空気も結局は同じ構造だったんじゃないかなと思いました。「体調管理をしていれば風邪は引かない」という理屈は、自分の意志の力で自分自身の(自然の産物であるはずの)身体を、制御できるという脳化の一種だったのかもしれないと。
自己啓発本にありがちな「強く願えば実現する」とか「思っていることは引き寄せられる」という話も、極端なオカルト思想も、根っこは同じことなんだと思います。

正直、僕も20代の頃は自己啓発本が大好きで、たくさん読んでいた時期があります。そのうち、願ったとおりにはならない現実に何度も出くわして、全部縛って捨てたのですが。
こうして振り返ると、自分の中にも脳化が進んでいないか時々見直す必要があるなと思っています。
「あれ、思い通りになってないな」と思ったら、「いや、なんでも思い通りになるって勘違いしてないか」って。それが立ち止まるいいきっかけになる気がします。

うちは愛知県のかなり田舎の方にあって、家の目の前には田んぼが広がっているし、家の後ろには森とその上に小さな神社があります。そんな自然というほどではないけれど、子供にとっては悪くない環境だと思う。ただ最近は夏が暑すぎて外に出られないし、ここ数日は雨が多くて、たくさん外で遊ばせてあげたくてもそれができません。気づくとYouTubeを無限に見せてしまっているので、親としてちょっともどかしさを感じることもあります。もっともっと外で自然に触れさせてあげたいなとは思うのですが。

AIが出てきて、自分の子供たちが大人になる頃にはさらに「脳化」が進んだ世界になっているのだろうけれど、やっぱり世の中には頭の中で思い描いた通りにならないことばかりあって、それが自然で。その自然の中でどう生きていくのか、「なるようになる」と思って生きていける子に自然にそうなるようにしてあげられる、そんな親になりたいなと思っています。

三澤祐喜
三澤祐喜 @misawa-yuuki.com

いろいろ試しているので、しばらくひとりごとがおおいです。AT Protocol、ATmosphereに興味を持っています。でも技術的なことはわかりません。ひたすら使う側で生きてきましたので。士業。一人事務所。いろんなツールを使ってみたい。

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