コミティアに出たい

鉈実

 コミティアの申し込みは昨日が締切だった。これは十二月十三日(日)に開催されるものだ。とりあえす申し込みだけはできた。サークルカットというものも人生で初めて描いた。緊張した。

 ところで、同じく昨日の夕方、友人からの手紙が届いた。これはわたしが送った手紙に対する返信で、わたしはとにかく誰かに手紙を出したくて(※)、出せる相手がその友人しかいなくて書いたものであった。

 彼女の近況の他、わたしを気遣う言葉が綴られており、最後の行にこう書いてあった。

「となりで売り子したいなー!」

 なんていい子なんだ。しかし友人よ、手紙の届くのが一日遅かった。サークル申し込みの時点で売り子が確定している場合、追加料金はかかるが椅子をもう一脚借りることができるようだった。まあ、当日椅子を持参してもいいらしいが。

 イベントにサークル側で出るのは初めてなので、作法というものがわかっていない。当落に関わらず、マナーは事前にしっかり調べておこう。

 それに、おそらくこれが最初で最後のサークル活動になる。そのような覚悟を持って出ても、もしかしたら一冊も売れないかもしれないな。ただ、それも何かしらの思い出になるだろう。

 出すものは決まっていて、学生時代に作った小説本と七年前から描きためていた日記漫画のまとめ、それから単発の漫画である。だから、実質描くのは一冊のみとなる。

 しかし、現在引っ越し作業に追われていること、赤ちゃんの寝かしつけをすると自分も一緒に寝てしまうことなどが積み重なって、進捗はあまりよくない。後者については単純に眠気に負けているだけだが。

 目標は十月末に完成させ、修正と印刷所探しを余裕をもってできるようにすることだ。はい、頑張ってください。

 今日も一頁も進まなかった。

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※なぜ手紙を出したくなったか。文字を書かないと頭がおかしくなりそうだったからである。今こうしてぽちぽちと文字を打っているが、やはり打つのと書くのとでは全く違う。打つのは頭を使っている気があまりしない。考えていることを反射的にぽちぽちと打てば、あっという間にできてしまうのだから。

「書く」ことには細かな動作が伴う。指先に伝わる紙に書く感覚、文字を書き出す度に刺激される言語野、文章を組み立てながら書きあげていく楽しさ。

 そういうことが、仕事から離れて急速に失われていっている気がする。恐ろしくて、情けなくて手紙を書いた。なんとなく、皮膚科で受診したアレルギー検査結果の紙も同封した(わたしはどうやらダニと蛾アレルギーらしい)。

 友人はしばらく文通に付き合ってくれるらしい。本当にいい友人をもったものだ。

鉈実
鉈実 @nuplatoon.bsky.social

思考の整理と日記。

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