SNSにおける自動翻訳は便利?
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少し前のわたし(ぱぬ:スプラトゥーン界隈での名義)が、Xでちょっと真面目なことを言っていた。
これを呟いたのはちょうどXで各国の言語がGrokによって自動的に翻訳される機能がついた頃だ。翻訳されることを意識して少し翻訳調の文章になっているのが、ウケる。
この機能が追加されてから六ヶ月ほど経ったが、便利だと思う反面、肯定しがたい気持ちはそのままだ。
以下にその理由を述べる。
「ネガティブな話題が伸びやすい」というXの特徴が足枷すぎる
これは別に他国の人のツイートだろうがなんだろうがそうなのだが、Xはネガティブな話題が伸びがちである。
そんな中、他言語のコミュニティー内で収まっていればよかった悪口やなんやらが日本語に翻訳されて流れてくる。
もう、地獄です‼️ 日本語の悪口だけでもお腹いっぱいなのに、𝑶𝒗𝒆𝒓𝒔𝒆𝒂𝒔悪口まで⁉️
そしてそれに対し突っかかる我らが日本人(暇人)。もちろん翻訳はされるだろうが、その国の文化的背景やその言語特有の表現などは無視されてしまうため、当然の事ながらコミュニケーションに齟齬が生じる。
そうして、伝わらなかった人たちは口々にこう言う。
「あの国の人間はIQが低いんだな」「○○人は話が通じないやつらばかりだ」
偏見の助長――!!
おーい! 偏見が、助長されてまっせ!
いや、分かる。楽しいやり取りが見られる場合もある。四月のことになるが、韓国の人が「あぷあぷ(어푸어푸)」と言いながら海を渡って日本へ来ようとしているツイートはとても好きだ。あれかわいいよね。
でも実際は「ガボゴボッゴボボッ」と普通に溺れている時の音らしいので、あれをかわいいと言っている日本人はあっちの人には怖がられちゃうらしい。
問題を議論することの難しさ
そもそも大体のSNSは議論に向いていないと思う。なぜならどんな人でもスマートフォンさえ持っていれば利用出来る場所だからだ。ユーザーの知識や経験はピンキリで、議論という高度なコミュニケーションを行うレベルに達しているかというとそうではない。
大体が喧嘩で終わったり、ブロックで終わったり、相手の言動を晒してさらに盛り上がったりとそんなところではないだろうか。
「論破」という言葉が流行りはじめてからは尚更難しいことのように感じる。議論は、相手を言い負かしたり一方的に気持ちよくなったりするようなものではないからだ。
そんなSNSで相互理解……難しい……難しくない? 普通のやりとりすらできていない人もよく見かける。まあ、できないことはないだろうが、文章だけのやり取りだとどうもハードルが高いように思われる。
相互理解のためにはどうすればよいか
では相互理解をするためには何が最善か。それは、その国の言葉を学習して、その国へ行って、現地の人と生のコミュニケーションを取ることである。
こう書いてみると非常にコストが高いなと思う。まるで政治家みたいなことになっている。そして、わたし自身も実際にそこまでできるのかと問われるとキビシイ(まーちゃんごめんね)。
しかし、コミュニケーションは本来そういうものではないだろうか。対面でのやりとりが最も情報量が多く、その場での情報の訂正もしやすい。むしろこういったかかるコストを無視して文のみで成り立たせようとするのは、どこかで必ず破綻が起きる。
それでもSNS上で話しかけたいのなら、相手にそれなりの誠意と根気をもって接すること。途中で投げ出したり、話を逸らしたりしないで、双方が納得の上会話が終結するように心がけること等が大切になってくるだろう(うーむ。これ、相手が海外の人とか関係なくそうじゃないかな?)。
SNSにおける自動翻訳は便利だ。それまでだと読めない言語ならスルーしてしまっていたであろう内容をある程度読むことができ、それが自国では得られなかった価値観や考え方だった場合、視野を広げることもできる。
ただ、SNSの性質上、全てがプラスの方向へ行くとは限らないので、コミュニケーションを取る場合はかなり時間を割いて慎重に取り組むべきだ。
わたしは正直、Xのこの機能は無くなってもいいと思う。以前までは翻訳ボタンを押さないと読めなかった海外の言葉が、全て自動で日本語になって流れてくる。これだと読みたいものだけ翻訳する、という情報の取捨選択ができない。
このように文句ばかり言ってはいるが、Xの行く末を眺めたい気持ちはあるので、今後も観測は続けていくつもりである。