8月が終わりそう
夏休みの終わり。夏休みが終わって憂鬱だという方がいた。学生さん。その憂鬱を僕も共有できそうだった。いやになる。8月というただの12か月の中のひとつだというのに、いろんな意味がそこに籠っている。いそがしい月だ。
ステレオタイプ的に夏は楽しもうみたいなそんな夏休み像を抱かされてきた。テレビでもCMでもどんな作品でもそう。終戦の日云々みたいなのもそう。エモーショナルに描かれる夏。スイカに花火にお盆に帰省に蝉時雨に陽炎にと。
わりとまだまだそういう幻想に取りつかれている面が否めない。だからこそ憂鬱にもなる。こんな現状でいいのかと幻想との相違に苦しむ。
夏休みはいろんなことをやるぞーって心づもりで生きるけど、思い通りになんていかない。たったひと月半とかで何ができるのだとなる。子供のころからそれの繰り返し。唯一何かを達成したといえるのは大学の時にバイトで埋めてその金で高いギターを買ったことくらい。そのバイトの中でもいろいろ楽しいことがおきればよかったけど、散々な結果だったことくらい。
青春コンプレックスという名のインセル的ルサンチマンがそこにはある。
ゲームをたくさんやってクリアしてやろうって、今年の7月頭の僕もそう思ってた。でも実際は7月に始めたゲームをまだやってるみたいな感じ。気づけば日付はもうすぐ9月。
別に月が替わったってなんだとは思うのだけど、一分一秒を無駄にしちゃいけないという幻想にとらわれてしまうんだ。よくない慣習だ。もはや昔の夏と今の夏は別物だというのに。
特に今年は8月頭に遊んだり映画みにいったりと夏休みっぽいことをしてしまったので、とてもそんな感じ。エンドレスエイトな憂鬱な感じになっちゃうのだ。ほんとある意味呪われた月だとか柄にもなく思ってしまえる。
m @uiruur.bsky.social
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