「神仏習合」の「日出国」に生まれて感謝しかない件①ガンダーラは日本にあった!?
私にとって、日本のはじまりを記したという「古事記」は、長いこと謎な書物だった。
混沌とした世界に二人の神様が降りてきて、矛をさして海をかき回して、雫で島が出来てなんちゃらかんちゃら……
あまりにも突飛で想像もつかない世界だった。
しかしこの本が、その謎を解明してくれた。
ただの神話だった物語が、急に歴史としての現実味を帯びてきた。
縄文時代は1万年以上続いたという。そして、自然と調和した快適な世界だったらしい。
人々は長寿で、100歳位まで生きたとか。ホントかな!?
2200年前、徐福という人が中国の皇帝の命令で、不老不死の薬を探しに来日した伝説もあるみたいだしね。
日本は、「日出ずる国」だった。アフリカで誕生した人類は、太陽が昇る国をめざしてはるばる日本にやってきた。アフリカの一部の人達と、日本人のDNAには、高い親和性があるらしい。旧石器時代には、日本にはすでに新人類がいた。
その理由は、「太陽信仰こそ、人類の精神活動の出発点」だからだと本書は述べている。太陽が昇る方向に行こうとしていたのではないか、と。人類が世界を移動していく動機は、強い精神的欲求によるものだったという。
そしてその80%以上が、東北、関東に住みついた。縄文遺跡の数の多さ、規模の大きさも、それを物語っている。
「古事記」の冒頭『天地初めて発けし時、高天原に成りし神の名は、アメノミナカミヌシノカミ(太陽神)……』とあり、これは、「神が生まれる前に、天地があり、『高天原(日本)』があった」という意味なのだそうだ。
この神話は縄文時代の日本と日本人の開闢の物語であり、高天原とは東北・関東・のどこかにあった、というのだ。
そして古事記に次々登場する神々はすべからく高天原のリーダーのことなのではないのか。今でいう天皇なのかな。
これまでは「魏志倭人伝」にばかり注目し、「卑弥呼の墓はどこだ」というのが最大のミステリーだったが、古事記の大元は東北・関東なんですよ、天照大御神は東北か関東の出身ですよ、といきなり言われて、度肝を抜かれた気分。
しかし、考えてみればそうかもしれない、と思ってしまう。
アフリカからやってきた、太陽信仰、自然信仰を持った人々が、東北・関東地方に住み着き、三内丸山遺跡のような集落が形成され、土偶・土器にその高度な文明の表現をするようになった。高天原が、別の地にあったとは考えにくい。
古代の日本は、海外からの評判もよかったらしい。原始時代の末期、弥生時代に、孔子が、「日本に行きたい」と言っていた文献があるそうだ。
徐福も、3000人の男女を従えて日本にやってきて、「平原広沢(広い平野と湿地)」得て、王になってもどらなかった」と記されている書物もある。
前漢・後漢の文献にも、日本に和帝がいたことを認識する最古の文書があり、「日本は優しく恭順な心の人が集まっている。家々は広々と作られ、豊かな生活を営んでいる。」などとあるらしい。
高天原は、大地や水と調和したガンダーラだったのか。
私は昨日 初めて香取神宮に行った。
天孫降臨神話の舞台だったかも知れない地を、実際に訪れてみたかった。
ご祭神は「経津主命(ふつぬしのみこと)」。鹿島神宮の「武甕槌命」とともに、葦原中国を平定し日本を統一したと言われている。
そして天照大御神の孫の邇邇芸命が統治に向かったそうな。
香取神宮か、鹿島神宮の辺りから出発したのではないか、と著者は視ている。
天孫降臨とはまさにお孫さんが向かったからで、葦原中国とは、大国主命がいた出雲地方だという見解だそうだ。
遥か昔、縄文の時代から、人々の心の拠り所であったかもしれない場所。
暑さにも拘わらず、参詣者は次々とやってくる。
本殿に参拝した時は、思わず泣きそうになった。
長い間この国を守ってくれていることについて、深い感謝を捧げてきた。
そして、ここに高天原があったのかも知れないと思うと、感慨もひとしおだった。
本日はここまで。次回「神仏習合」についての内容を紹介します。
香取神宮の近くでも、縄文時代の遺跡が発掘されているらしい。いい展示会!行きたいです。
こんな案内も。まさに神仏習合。
♀️仕事帰りに孤独にボヤきたくて始めてみました(* ̄∇ ̄*) カメハメハ大王のお妃のように 夕日とともに寝てしまう生活をおくってみたい(´・ω・)
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