『A』『A2』を立て続けに観る
『A 』地下鉄サリン事件から半年。マスコミの熱狂的なオウム真理教報道が続いていた1995年。当時テレビディレクターであった森達也は、教団の広報部・荒木浩を被写体としたオウム真理教についてのドキュメンタリー番組の企画を立ち上げた。作品の方向性について制作会社と対立し、自主制作映画として96年から約1年間、オウム施設内部に視点を置きながら社会とオウム、双方を撮り続けた。2時間14分 1998年
『A2』 1999年、森達也監督が再びカメラを手に退去直前の足立区のオウム施設を訪れた。3年前にはここまで日本社会が急速に劣悪化するとは思わなかった、と。そこから見えたのはオウム排斥運動に関わる住民と信者との関係性の変化。住民たちの戸惑いや煩悶を映し、信者たちは再び社会と向き合い事件への葛藤を迫られる。
ーー 概略 ーーー
1995年3月20日サリン事件、
約2カ月後5月16日オウム真理教元教祖の麻原彰晃元死刑囚(本名・松本智津夫)=執行当時(63)山梨県上九一色村(当時)の教団施設で身柄を確保、2018年7月6日麻原彰晃他幹部死刑執行
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『A』これはオウム真理教の内部というより広報部荒木浩氏のドキュメンタリーだった。荒木氏を通して見える教団の様子。その場の空気が直に伝わる貴重な映像。『A2』は荒木氏個人から信者やオウム施設と住民の関係の進展など視点が広がる。
観ていてずっと気にかかっていた事はサリン事件のあとの信者たちの様子。事件のことを例え知らなかったとしても知ったあとどう捉えているのか。
教義のための殺人を正当化しているのか。そもそも命に対して信者たちは究極の自己保存自己保身欲と捉えて自分の命でさえも執着せず軽く扱うことをよしと考えてるのか、それとも大切に考えてるが生死に関しては囚われていないと考えてるのか、そこは考えも及ばず麻原という尊師の判断に従うことによって我々は魂を救う手助けをしているのだということなのか。
殺人正当化のポアについての考えや想いは最後まで見えなかった。質問しても濁った反応。最大限の善意に考えるならば彼らにとっての尊師がどういうつもりなのか彼らは彼らなりに解釈を問われているのが修業であり使命なのだと捉えることもできる。いやそうだとしても結局は麻原に依存している。
そんなことをモヤモヤ考えながら観終えた。
中心にある核になるのは麻原をまだ信じている信仰なのだろう。そう見えることに少なからずショックを受けた。もしそうなら被害者に対して一欠片も申し訳ないという気持ちがあるわけがない。あるとしてもぼんやりとした想像なのではないか。
彼らには「もし」という疑いが無いように見える。もし麻原から騙されてると考えたらそれは意を決して選んだ自分とそれまでの自分を丸ごと否定することに繋がるサンクコスト(最近覚えた言葉)の問題なのかそれともそんな考えさえ浮かばず不動の心と「現在」に焦点をブレないように意識しているのか。
もし、疑っても帰る場所は無い。等速運動の如く同士である仲間とともに修行生活することがベストであるならば、それ以外の暮らしは今更考えられないのかもしれない。
麻原はインド発祥の信仰の形や修行をいろいろピックアップして寄せ集めあたかも自分が発見したかのように教義に織り込み都合のいいやり方に変化させ密室に閉じ込めて薬物も使って幻覚を見せ洗脳したと私は捉えている。その洗脳を解くのは難しいのだろうか。そうした体制や設備、脱会したあとの充分なケアができる場があればいいが残念ながら無いのかもしれない。
“他のカルトと異なりオウム真理教の教えは潜在意識のレベルにまで浸透しており[9]、その事が教団からの脱会をより困難にしている。”
塩水を飲んで吐き出すのを住民に見せてるシーンは何かなと検索したらwikipediaに結構詳しく載っていた。
想像以上のことが載っていた。これはもう一旦洗脳されたら脱するのは無理かなと思ってしまう。まるで人体実験のように沢山の人が修行で亡くなってたのですね。そんな光景を日常的に見ていたとしたら自分の属する組織が起こしたサリン事件で亡くなった人を知っても何とも思わないのかもしれない。
彼らが住んでる場所の地域の人々の不安や恐怖は計り知れない。いつ何時死の危険に晒されるかもしれないと考えるのは至極真っ当なこと。
とはいえ過剰な罵倒やマスコミの不法な取材と報道、理不尽な職質の警官(転び公妨というらしい)、右翼の凱旋と迷惑行為など目に余る言動が周囲に立ち昇っていた。そんな様子も撮影されている。さらに数年後この映像を観たとき私たちはどう考えるだろう。
新生アレフが河野義行さんに謝罪する場面を提供されても幹部たちは何を謝罪するのかわかってない様子で呆気にとられた。けれど上記の修行の様子を読むと加害者としての意識は無かったのだろうなぁと想像はできる。自分たちの概念は一旦置いておいて一般人に対してのマナーとして謝罪を示した方がいいという判断なのだろうか。それはあまりにも失礼なのだけれど河野さんはそんな彼らに優しく諭していた。その場面は端的に彼らの考え方が伝わってくるようだった。
オウム排斥運動をしている住民たちは信者たちの親世代ほどの歳というのもあるせいか、また信者たちも軋轢を生じないよう気をつけていたのか監視活動をしているうちにオウム信者たちへ情が移りオウム信仰から抜けるなら歓迎するのにと言うほどになっていた。
別に周囲の他の人に危害を加えることなく迷惑かけずひっそりと自分たちの信仰生活をするなら咎める人はいない。けれどもその信仰の頂点に麻原がいるのならやはり許せるものではない。これからこの人たちはどうなっていくのか気になる。
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