民族自決主義とナショナリズム

民族自決主義といえばアメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領の提唱で第一次世界大戦後の世界秩序の鍵にはなったものだった。ただこの話にはとんでもない前提があり、欧州における民族自決主義を言っていただけで他の非白人人種民族は含まれていなかった。そもそもウィルソンは人種隔離など肯定するような人物でもあり、また当時のアメリカが白人人口比率8割超の圧倒的な多数を占める状態で白人以外の人たちへの公平公正さについて十分な規範があったわけでもない(が、非白人の人種民族の人たちはウィルソンの言葉を自分たちにも適用されると期待して盛り上がったとも言われている)。

ナショナリズムとは法的な国籍から考える国家であり、人種民族による国家=いわゆるなんとかファーストな国家でもあったりと実は言葉に揺らぎがある。歴史的な経緯から見てもその時々で意味が変わってきたが、ウィルソンの理屈からいえば人種民族による国家という極めて狭義な国家論を世界に広めてしまっていて、今のその毒が残っている状態と考えた方がいい。

トランプは1期において従来の大統領的な存在であろうとして従来の政治を担ってきた穏健派や軍人の起用を行い衝突した。1月6日事件で穏健派は決して彼と組めないと分かったものの共和党支持層はトランプ支持層とイコールとなっておりバイデン政権を挟んでの2期においてトランプはやりたいようにやっているし、彼を支持する過去のアメリカを取り戻したい向きの人々はテック富豪勢やMAGA勢などで派閥を作りつつトランプに取り入って時計の針を100年巻き戻す政治を進めようと画策している。

アメリカの直近50年の歴史は法的な要件を満たせば人種民族を問わず市民権が付与されるシビック・ネーションであろうとする努力であり、白人人口比率低下の中で非白人多数派になる前提でのアップデートを試みていた。そして地方部に多い白人8割超の地域などからの保守志向がMAGAという形でトランプを支持して「取り戻す」試みが炸裂していてエスニック・ネーションへ回帰しようとしていてまさしく100年前、ウィルソンの時代の価値観に時計の針がねじ曲げられつつある。

日本はどうか?100年前のアメリカを今更ながらなぞっていて労働移民を認めたかと思ったらそれを封じ込めようとする真似をしていて、多数派がもうマイノリティに対する嫌悪と恐怖を隠さなくなっている。かつて日本はアメリカの奴隷制の歴史を批判してきたが、結局置かれた環境の違いで多数派が持つ少数派に対する警戒、恐怖、憎悪をやる芽は存在していた。単に発芽する機会が戦後社会においてもなかなかないだけだったというべきなのだろう(戦前は地域・民族による差別があったのでその再来という要素もある)。

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