ボーアの国際管理論
ボーアはマンハッタン計画がまだものになるか確定していない時点でFDRやチャーチルに核兵器の国際管理をすべきとソ連を早くから巻き込めと主張した。チャーチルは44年ハイド・パーク文書でボーアの提案を否定していて、そのような試みは長年忘れ去られる結果となった。
FDRの死後、副大統領のトルーマンは初めて核兵器開発が進んでいたことを知らされた。彼は上院議員時代に少なくとも2回マンハッタン計画への予算流用監査を試みていてその都度、陸軍長官のスティムソンからその件は調べないように要請されていて、スティムソンはトルーマンに対して罵倒するような日記を残してもいた。そんなスティムソンは公式にマンハッタン計画をトルーマン大統領に説明することになったのはなんとも皮肉だったが、トルーマンには大統領府の戦時経済統制を担当していたバーンズ(元上院議員でトルーマンとは旧知の関係でもあった)が馳せ参じて知っている情報を知らせてもいた。
映画『オッペンハイマー』におけるスティムソン像は極めて間違いの多い内容だったが、トルーマンに関しては彼の毒舌を反映してもいる。トルーマンは当初バーンズのアピールを鵜呑みにしていたようで原爆攻撃についてスティムソンとバーンズ(45年7月国務長官に任命された)の動きを止めていない。ただ長崎攻撃後、マーシャル陸軍参謀総長に「原爆攻撃の実施に関して大統領命令を必要とする」と命じており、マーシャルはグローヴス将軍から回されてきたメモを戻す際にこの件を書いて命令を指示していた。
トルーマン大統領は核兵器をソ連と共有する気はなく、むしろ反共主義の帰結として独占を目論んだが、ソ連側が独自開発しても簡単に追いつけないとするアメリカ側の核専門家の認識はソ連側の諜報活動と国家を挙げての科学者の動員によってあっさり数年という超短期で追いつかれた。水素爆弾競争においてもアメリカはアドバンテージを保てず、アメリカは大陸間弾道ミサイルと戦略爆撃機部隊で当初ソ連に対抗し、欧州配備の中距離弾道ミサイルでキューバ危機を招き相互に撤去したもののアメリカはSLBM搭載の戦略ミサイル潜水艦をスコットランドとスペインに前進配備するというポラリス計画の緊急実施を行って核のトライアッド(3本槍)体制を確立した。1960年代はこのような核兵器のバリエーションがほぼ確立されて米ソで配備数を増していくという最悪のエスカレーション時期に突入した。
このような状況が変わっていくのが70年代以後の動きで米ソ間で核軍縮交渉が行われるようになる。アメリカは固定サイロ配備の大陸間弾道ミサイルを移動可能な新型ミサイルに置き換えようとしていたが条約締結により廃棄して従来のサイロ型を維持することになった(移動可能な発射システムは有線通信系で確実な命令と即応発射が可能というメリットもあるので単なる譲歩というわけでもないと思う)。MIRV(小型弾頭の複数搭載)も軍縮で否定されて単弾頭に戻るなど大きく数を減らす要因になったし、両国における軍事費の抑制にも寄与したはずである。
ボーアの国際管理論を無視した結果、世界は20年程度は時間と核軍拡に要した費用を無駄にして、世界を何回も破滅させられるだけの核兵器が蓄えられた。チャーチルが愚劣な反応をしなければこんな無駄はなかっただろう。
さて、AIはオッペンハイマー博士が直面した世界が変わりうる展開点、核分裂反応の発見とその応用という時期にきていると考える人は多い。その一方でAIを核兵器のように殺戮兵器として開発を無制限に推し進めて、敵対的な国に対抗するスーパーパワーを確保すべきという意見も見られる。それこそストローズの再来というべきものだけど、相手もまたそのスーパーパワーを獲得すべく動いているし、こちらが独占または優位な立場を死守できるとおいう謎の楽観視をしているように見える。歴史はまた繰り返すだけなのだろうか。同等の拮抗またはこちらが劣位になる可能性を考えればボーアの国際管理論を今こそAIで実現されるべきなのではないだろうか。
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