「神仏習合」の「日出国」に生まれて感謝しかない件・最終回/忘れられた国から来たアシタカ

「神仏習合」の「日出国」に生まれて感謝しかない件・最終回/忘れられた国から来たアシタカ

田中英道氏の書「日本創生史」をご紹介している最終回です。

これまでの経緯として ①古事記は縄文時代の日本と日本人の開闢の書であり、著者は高天原が東北・関東にあったと推察していること ②西に都が移った飛鳥時代、日本人の心の安定のため仏教が取り入れられ、世界に類を見ない神仏習合の国となったこと などをUPしました。

この本を読むまでは、私は日本の歴史の始まりは初めから西にあり、金印の出土した九州や、前方後円墳のある近畿地方などを中心にずっと続いていたと思っていました。

しかし、大きな縄文遺跡のある東北や、春日大社よりも古い歴史をもつ神社の存在する関東が、実は日本の始まりであり、1万年も続いた縄文時代が自然と共に存在した豊かな高天原だったのでは、という発想に、驚きとともに納得せざるを得なかったのです。それまでは異世界の話のようだった縄文時代と、神話でしかなかった「古事記」が、歴史の時計とかっちり繋がった印象でした。

そして幾度かの遷都を経て、平安京が誕生した時、そこに暮らす人々も、以前の私と同じような歴史認識を持っていたのではないか、と勝手に想像してしまいます。日本の中心は京の都であり、縄文時代などは知る由もなく、高天原はあくまでも神話の世界、幻の世界なのだと。

そして日本史に「征夷大将軍」という称号が登場したのが奈良時代末期です。

大和朝廷から遠く離れた東国が、征夷大将軍率いる官軍によって、「賊軍、イテキ」となったのです。

サイコパスおじさんの岡田斗司夫さんは、大和朝廷にまつろわぬ人々は「土蜘蛛」と呼ばれていた、といいます。高天原であった東国にまだ人は住んでいて、その人々は「土蜘蛛」とみなされ討伐の対象となってしまったのでしょうか。人々は、東国が日本人のふるさとであるということをすっかり忘れ、かつての始祖たちに刃を向けることになったのだとしたら、歴史上の悲しい出来事です。

ここで思い出すのが、アニメ映画「もののけ姫」の主人公アシタカです。

映画では、アシタカがどこから来たのか説明はされていません。しかし先ほど述べたサイコパスおじさんの岡田斗司夫さんは、もののけ姫の解説で、アシタカの村の集会所に、縄文土器のようなものがあることから、縄文時代から続く文化をもった一族の生き残りであるとしています。

征夷大将軍として一番著名人は坂上田村麻呂だと思うのですが、それまでの前任者は東国討伐に失敗していました。

田村麻呂は、お父さんと共に奥陸奥に赴いた経験があり、走る馬から弓を射る騎射を得意としていた家系だったようです。軍制を改革し防具を強化し、兵士を訓練しました。

しかし戦いに際しては、蝦夷軍に寛大な姿勢で臨みました。帰順するものには土地を与え、生活を保障し、朝廷側との交易を許可したそうです。

えみし一人百な人 人は言えども手向かいもせず」という不思議な古歌が残っています。「えみしが一人で百人力があるにもかかわらず、大和朝廷の軍には手向かいもしない」と、その従順なことに驚いているらしいのです。著者は「この古歌に蝦夷の本質をみる」と述べています。東国はもともと、強い軍事力も生活力も持っていました。縄文時代以来の東北・関東の国家を担っていたのです。

アシタカは、この、大和朝廷ではない「忘れられた国」から来たのでしょうか。

『日本紀略』によると、延暦二十一年(802年)四月十五日、大墓公・アテルイ磐具公・モレが五百余人を連れて降伏したことが記されています。坂上田村麻呂はアテルイとモレを連れて七月十日に平安京へ凱旋しました。

坂上田村麻呂は、アテルイとモレを生かし、「二人に東北を任せるべし」と進言しました。彼らは本当の敵ではないことを知っていたのです。しかし、東国の歴史を知らない貴族たちは反対し、「野生獣心、反復して定まりなし」と述べて、八月十三日に河内国にて二人は処刑されてしまったのです。

朝廷にまつろわぬ土蜘蛛とみなされ、「野生獣心」という理由だけで処刑されるとは、愚かなことだと思うのですが、歴史はずっと、こうした出来事を繰り返しているようです。

今も世界は同じような状態にあるのだと思います。自国にまつろわぬ人々を土蜘蛛として見ているハイソな権力者が国を動かしていたりするのです。恐ろしいことです。

最後に、私が最も感銘を受けた一文についてご紹介したいと思います。

著者田中英道氏は美術史を専門となさっていて、多くの歴史的芸術品に触れられてきました。田中氏が歴史を語る上で重視しているのは文化、精神的表現だと言います。

文明とは、人口増加によって作られる量的な物質社会の進展のことといえるかもしれない。

しかし、文化とは、そこから生まれる精神表現の世界であって、文明の中では商売の世界でしか基準を持たない、悲しい判断力になってしまった、といいます。

「社会の動きには動物と同様な物質的な争いはありますが、文化の動きは人間的な競争なのです。それが歴史の原動力だったともいえるでしょう」

人間精神の発露である文化が、歴史を動かしたり創造したり発展させたりするのですね。技術的進歩だけではなく、様々な文化をもっと重視していきたいと思います。

はらへりぼやっきー
はらへりぼやっきー @haraheribba.bsky.social

♀️仕事帰りに孤独にボヤきたくて始めてみました(* ̄∇ ̄*) カメハメハ大王のお妃のように 夕日とともに寝てしまう生活をおくってみたい(´・ω・)

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