『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』鑑賞メモ

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』鑑賞メモ

ᴍᴇᴢ

自身の加害行為と向き合うのは苦痛を伴う。

ましてや一度“そうしなければいけない”と信じ残虐な行為に加担を繰り返してしまったのであれば尚更だ。

映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』では「なぜ人を殺したのか」という問いを繰り返される中で、自身が国から捨て駒扱いされた被害者であるという意識から加害者でもあるという意識を自覚するところで本当のケアが始まっていく。

息子が海兵隊募集のパンフレットを学校から貰ってきたのを見て、ネルソンさんは衝動的に学校へ抗議に向かい、自身の戦争体験を生徒達に話すと言う。しかしネルソンさんも最初は何故自分がそのような行動を取ったのか分からなかった。そして覚悟を決めて学校で話をした後、先の行動は自分のような思いを子供にもしてほしくなかったからだと理解する。以上の表現もそう簡単にはいかない自己理解のままならなさを表していると思った。実際、劇中でも語られる通りネルソンさんのように深い自己理解まで至れた人は多くはないだろう。

戦争の前線へ駆り出される人の中には立場の弱い人々も含まれていることは今も変わらない。男性だけでなく、女性や子どもですら戦場へ駆り出される事態も当然ある。そして戦争によって負わされた心身の障害は絶対治るという保障は未だに無い。何よりも殺人を(どのような形であれ)犯したという事実は一生消えない。

ᴍᴇᴢ
ᴍᴇᴢ @hellsee.bsky.social

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