マスク

いつしか紫外線が気になってきた頃、マスクをするようになっていた。冬にマスクすると暖かいことに気づき、夏の暑い時期にはマスクの代わりに日光を避けるためのフェイスカバーをつけ、春と秋は紫外線対策&花粉症対策のためにマスク(酷いときは防塵用マスクに花粉用メガネ着用)というように年がら年中つけるようになっていた。

ある日マンションの管理人から挨拶がてら話しかけられた。気になってたことをこの時私に聞いてみたかったのかもしれない。なぜマスクをしてるんですかと。

このときは暑いわけでも寒いわけでもない季節だったと思う。そのように聞かれて少し驚きつつご心配には及びませんを伝えるため風邪をひいてるわけではないのですが…紫外線が気になって肌を守るためにとなんとか答えてからマスクしてると不審に見えるのかなと少し不安になった。ただ気にかけてくれただけなのかもしれない。人当たりが良くきちんと仕事をしていそうなというと変だけど真面目そうでそれでいて表情が読み取りにくい人でどんな意図で聞かれたのかわからなかった。わざわざ話しかけたのは前から聞こうと思っていたからなのかな。気になってたのかな。聞いてどう思ったのか。期待したのと違ってたのか(え?期待?)あーそうなんだという納得した感じではなくそうですかと丁寧だけど事務的な受け応えで何か違ってた反応に感じられた。こうしたことを聞くのは私だったら気になってても聞かずにいるけど聞きやすい人に見えたのかな。もしかしたらこの人の家族か知り合いに私より深刻なマスクをしなければならない事情の人がいるのかもしれない。免疫系の病気かななどと勝手にいろいろ想像した。

そうこうしてるうちコロナ禍となり、今度はマスクをしていないと何故マスクをしないのかと責められるような世の中となった。2020年9月には飛行機の機内でマスクをしないしてくれという騒ぎの事件がニュースになった。威力業務妨害や航空法違反などの罪で懲役2年、執行猶予4年の判決が下っている。

"マスク着用拒否の被告 二審も有罪判決 旅客機緊急着陸で業務妨害:朝日新聞"

そうして新型コロナウィルス感染症は2023年5月に2類相当から5類相当感染症となり外出自粛は求められなくなり健康保険が適用され、行政による入院措置、感染対策の要請・関与も無くなり個人や事業者による判断に任せられるようになった。マスクの着用は半強制から推奨、個人の判断へと変化した。

今はインフルエンザが大流行しているけどマスクをしてる人もしていない人もいてお互いしてるかどうかなんて気にしていない気がする(私見)。ゲホゲホ咳をしてる人がマスクをしていないと気分を害する人もいるけれど(私はマスクの裏で息を止める)あのコロナ禍のようなピリピリした雰囲気ほどではない。

コロナ禍になっていつも外出時はマスクをしていた私にとっては病気を疑われず堂々とマスクを使えるようになって私の時代がやってきたのではと嬉しくなる気がしたけれど不特定多数の人が例えまばらにいる建物の中でもずっと外さない息苦しさ、外したくなっても外せないことに窮屈を感じるようになっていた。マスク自体が足りなくなって高額になったりあちこちにアルコール消毒装置が設置されるようになったり。

そういえばあの頃スーパーではキャラクターの絵が描かれたマスクをさせられているカートに乗ってた小さな子をよく見かけていた。*厚生労働省、日本小児科学会は2歳未満は推奨しないという指針を示している。あの頃の親たちは大変だっただろうな。今はマスクをしてる子供は見かけない。

今はまた自由に振る舞えるようになり基本外出してる時はマスクをしているけど気持ちは楽になった。なぜマスクをしてるのかと訝しがられることはない。

コロナ以前、自転車で小雨が降っている時 我ながらこれはさすがに怪しい格好ではとフードを被ったマスク姿を撮ってみた↓(雑誌のように見えるフレームが重なるアプリを使った)。

こんなファッション紙があったら世も末かもしれない。そういえばこれもコロナ前だけど黒いフードに黒いフェイスカバーつけて自転車で走ってる時ムスリム女性に見えるかもと思ってたら案の定通りかかった男性からギョッとされたことがあり後日グレーのフェイスカバーに変更したことがあった。

震災以前と以後と言うようにコロナ以前と以後と言うようになった。世界が変化した境目。コロナに罹った人、経済的に追い詰められた人、多くの犠牲があって変化した。ずっと後遺症に苦しんでいる人もいるしコロナも依然罹ってる人もいるし高熱が出てインフルエンザより辛そう。治っても味覚障害などの後遺症の不安がつきまとう。

命の不安、政治による不安、わたしたちの生活を脅かすのではないかという「不安」。「不安」は「恐怖」を生み「攻撃」へと掻き立てられていく。なんどもなんどもこのような現象を経験しているのに繰り返されている。そのたびに現実からかけ離れたヒートアップされた言説が駆け巡ることがあるのはもうまるで法則のよう。

今年6月のドラマ『舟を編む』で 「生きるということは変わること」と言っていた言葉を思い出す。

生きることは変わること。変われていない。ただただ繰り返し輪廻している。

こうした流れから何か本当の変化、いい意味での変化の糸口を見つけられたなら。

次のやってくる波はどんな出来事だろう。

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