萩で回った場所
萩の街中を散策したこの夏の旅行、どこを見て回ったかをこの記事でまとめておきます。
萩の城下町



萩の中心部、城下町一帯は「江戸時代の古地図がそのまま使える」と言われるぐらいには街の骨格が変わっていないという。


城下町ゆえ、外敵への対策という目的で作られた「鍵曲」(かいまがり)は、土壁が二重に折れ曲がって前の見通しが効かない作りになっている。今でも堀内鍵曲、平安古(ひやこ)鍵曲などで残されている。
萩城趾



関ケ原の戦い後、防長へと移された毛利氏は以降幕末まで萩に城を構えた。のちの幕末の雄藩の一角となるまでの栄華が偲ばれる。菊ヶ浜がすぐそばであり、海が間近の天守があったのは全国的にも少ないであろう。
菊屋家住宅



萩へ移った毛利氏に長年御用達として務めた菊屋家の旧家で、店としての作りや住宅としての作りはすごい。

伊藤博文が寄贈した時計が今でも現役で時を刻み続けている。一見の価値が大いにある。
旧久保田家住宅



呉服商から造り酒屋に転じた商家。書院と庭園の作りが非常に美しい。

この透かし戸は内側から外を見れる一方、外から中は見れないという。
萩博物館

江戸時代の毛利氏による藩政、幕末から近現代までの展示が興味深い。この時やっていた害獣や害虫とされる生き物を扱う特別展の「悪者展」が面白かった。
萩反射炉


幕末、長州藩は大砲や軍艦の更なる建造のために製鉄の生産量と質の向上のために反射炉を建造した。この建造にあたっては佐賀藩のものを視察した際に描いた絵を元に進められたという。試験目的として作られたが、本格的な稼働には至らなかった。国内に現存する反射炉としては数少ない存在。
恵美須ヶ鼻造船所跡



萩反射炉から程近い場所にある。幕末に長州藩はここで洋式帆船を建造し、その建造には海外の造船技術が使われた。現在でもこの防波堤が、港の一角として機能している。
こんな風に萩を色々巡りました。萩市内の移動で便利なのは、1乗車100円の萩循環まぁーるバスがあります。これが便利でした。(2026年現在)
https://www.city.hagi.lg.jp/soshiki/49/1658.html
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