お盆

お盆が終わった。今日が盆休み、夏休みの最終日という人も多いのかな。私は毎日が夏休み(療養中)

うちは田舎住まいで地域柄もあってかお盆をわりあいしっかりやっている。ただし、やっているのは私じゃなくて母ではある。お盆が来ると仏壇から位牌を出し、仏壇の前に盆棚を用意して位牌やお供えの果物や精進料理を並べる。精進料理といっても白飯と味噌汁と、普段のおかずのなかで肉魚を使っていないものという感じである。地域の同じ寺の檀家さんの家に行った時、自分の家の盆棚とは違うのだなあと思った子供の頃の記憶がある。例えばホオズキ、胡瓜や茄子で作った馬と牛。これらは子供の頃はうちの盆棚には無かった。よそのうちで見たり、テレビでそうやってるのを見て、いつの間にかそれらを飾るようになった。母が準備する前の祖母がもしかしたら色々端折っていたのかもしれない。

盆棚の飾りもおそらく地域や宗派によっても違うのだろうけど「仏様を墓まで迎えに行く」という、この辺りの風習もあまり多数派ではなさそう。ニュースの映像や物語に登場して見聞きするのは迎え火、送り火だ。仏様を墓まで迎えに行く流れを説明すると、まず提灯を持って墓に行って花や線香を備えてそこで提灯の蝋燭に火をつける。提灯を持って家まで帰り、その日を家のロウソクに移してそこでお線香をあげる。こうすることで提灯の火を頼りに仏様が家に帰ってこられる、と教わった。送りはこの逆をする。

子供の頃は提灯を持った家族連れが通りをぞろぞろ歩く姿をよく見たが最近はあまり見かけなくなった気がする。その墓まで歩けば10分くらいだが、うちは以前から車で行ってしまうことが多かった。運転手は危ないので提灯は持たず、家族の誰かが揺らさないようにそっと提灯を持つ。そのやり方も近年は変わって、安全第一で本物のロウソクではなく電池式のロウソクもどきである。

お盆の最中も以前は親戚縁者が線香をあげに来る度にお茶を出して話をし、ちょっとした手土産を渡すということをしていた。線香あげに来てくださるお客様のお相手をする人、線香をあげに出かける人、を両親で分担していた。分担はしていたけれど迎える準備、御仏前など行く側の準備、両方やっているのは母だった。今年は来客1名。もうお互い様にしましょう、と行き来をする人が少しずつ減った結果だ。その1名ももう来年は結構ですから、と断りをいれたそうだ。それでもお盆の準備はきっとするのだろう。それはお客様のためではなく仏様のためだから。

私も家族も熱心な仏教徒ではない。地域で昔からそうやってたから、のまま今もそうしている。私はそれを見ているだけ。高齢の母も近い将来、お盆の準備をするお役目から降りることになるはず。本来はもう次の代に変わっていてもおかしくない。その次の代の役目を自分から率先して「やります」と宣言した私の兄弟は今のところ自主的に動く気配がない。本当にやるのだろうか。母は母で「生き仏様が一番大事だから」(訳:生きてる人の事情が最優先)と言って子供たちに強制することはない。私はその役目を引き受けるつもりはない。が、自主的に動かない兄弟の代わりに盆棚飾りの写真だけは撮っておいた。これをプリントして仏壇の下の引き出しに入れておいてあげよう。

よしの別邸
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「よしの」の別邸です

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