続き: あるコンテナ船の物語 資本はいかに世界をめぐるか
で、エネルギー切れで前回終わったけど書き忘れがあるので続きます。
世界でエネルギーや食物なんかを作ってかき集めて送り出してるのは、有能なコンテナシステムの仕掛けで世界規模に広がって、今や掘る国・作る国…と水平分業が最終段階みたいな所に来てた、というのが前回書いた本書での気付きの話。その産み出されたエネルギーや食物を消費する側の話が残ってた。まあこの暗黙な国家身分制度が盤石かという話もあってぶっちゃけ今のウクライナ戦争はその暗黙の階級制への反逆なのかどうかっていう面にも不用意に光が当たっちゃうんだけどロ側の気持ちを代弁する気にもなれんし立場でもないんでそこは置いておくとして。
コンテナシステムは便利で事業を大きくスケールできるけど、地上の小さな経済圏でちまちまやってくより、ランニングコストが高くつく。まあ、だからこそスケールしなきゃ話にならない訳で。本書の語ってる外側の事だけど、これが大航海時代の本質だと思います。プランテーションで産み出された綿花は欧州を経済爆撃して繊維産業の激変を起こし、革命したばかりのフランスを没落に導き、その過程で自動織機の発明になる。何も考えずに布を織ってくれる機械が綿花を消費しないと植民地のスケールに追いつけない。このあたりに『消費は美徳』ならぬ『消費は義務』の芽生えが見えますよ。ちなみに自動織機を作った発明家は全然儲けられないでイギリスに安値で売却しちゃったらしい…必死で消費能力を上げようとする大英帝国のメンタル…。
時は下り、現代の消費者側国家は完全に消費を義務化されて喘いでいる状況。生産者も苦しければ消費者も苦しい。何しろ世界規模の需給のスケールをまだ平均化する技術なんてない(今後生まれるともちょっと思えない)ので石油が足りない、石油が1円上がった、石油がナフサにできない、ガソリン税補助は暫定じゃないんで…とかとか。製造業国家として消費の義務を果たせないとアイデンティティが揺らぐ訳で。この光景は石油に限らず、グローバル化した商品全てが生産の義務・消費の義務を負う事になったと見える。で、意外な部分にもそんな消費に苦しむ光景が発生しているのが見えてくる。
まあ衣料・食料・鉱物…は例を挙げるの字数の無駄なんで省くとして、コンテナの仕組みが郵便システムから発想されたモノだというのを発展させると、インターネットはコンテナ化された通信技術だと気付くし、グローバル化を実現する通信技術だと気付きます。ネットでコンテンツを消費するのはコンシューマーの義務です(生産者も必死で義務を果たしてるから)。下らないスパムメールに溺れるのもグローバル化の必然の結果です(生産者も必死でお金を儲けようとしてるから)。もっと先へ行く。SNSは比較的短い上限の文章・一定数の画像をデータベースのカラムに格納してやり取りする訳で、コンテナですね。笑いも怒りも共感も反発もグローバル化の流れに乗ったので生産と消費が義務化されようとしている。生産者は笑わせなきゃいけないし怒らせなきゃいけないし騙さなきゃいけないし、消費者も笑ったり怒ったり騙されたりしなきゃいけない。つらい。仕事が『ジョブ』と称され作業が『タスク』と呼び変えられるようになった頃から、世のビジネスにガントチャートが現れて『時間』も『タイミング』も扱いやすく分割されました。時間の消費は義務になりました。働き方改革が実現するともうダラダラ残業も許されない。苦しい。ゲームすら、ミクロからマクロまで時間配分を要求するものが多い。それを『一日○時間』という適切な時間で消費するのが望ましいとされてて。遊びに義務化が入ってきてる。救われない。AIはおそらく知性のコンテナ化を進めるでしょうな。いやそう使うだけじゃなくもっと自由な存在だとは思うけど、社会がそんな要求はしない。自由にやれなんて言わない。専門範囲を区切り、解決する問題を狭く絞り、働かせる。それを使う側の人間も自由になれるとは考えられない。思考の義務化が見えた。終わった。
生産者側も地獄なら、消費者側も一見貴族的に見えながらゆっくりと沸騰していく鍋に放り込まれたカエルだっていう状況が見えて来る。バスコ・ダ・ガマとコロンブスの始めたチキンレースが、そろそろ世界を呑み込んで崖っぷちに差し掛かろうかという頃合いとも言えそう。温暖化はその崖が見えたサインだと捉えていいでしょうな。消費が義務になってるうちは環境に配慮した適正な計画とか、無理じゃん?
ここで『あるコンテナ船の物語』に戻ると、そういうコンテナ化された姿、ガチガチの義務に閉じ込められた姿、そういうのを消費者側の人たちに見せたくない、という姿勢がめちゃめちゃ赤裸々に語られてるのがわかります。法を破った囚人をコンテナに押し込めて船全体を刑務所にするとか、まさにそれ。許されない自由と先進国の義務のせめぎ合いが絵的に凝縮された、悲しい光景。その船が近くに停泊すると聞くと必ず住民の反対運動が巻き起こるのが世の追った義務化の辛さをマシマシしてもう。誰もが、自ら社会のどこかに嵌め込まれていき、ギシギシとぶつかり合いながら角を落として擦り合わせて行く姿に、チカラが抜けて世界の事がどうでもよくなる。
システムっていうのは、どこかひとつの構成物が動作しなくなれば自然に自壊しますね。
この本の場合、ひとつの構成物が動作しなくなっても代わりを務める何かが必ず現れる。世界経済が止まらず動き続けている理由が、そっと示されてます。その構成物としては資金だったり船籍だったり顧客だったり雇い主だったり積荷だったり。海運は止まらないために様々な工夫が数百年間、積み上げられて破滅を避けるように耐性を高めてきた。過酷な世界で揉まれた仕組みは強いので、耐性を高めてきた結果、世界を飲み込んだ。生産の代替地、消費の代替地、資金の代替物、顧客の代替、なんでも替えが効き、揉めたら迅速な調停の仕組みもあって。ほとんど大英帝国の遺物で構成されてますが。
それでも障害にぶつからない訳には行かなくて、今年のイラン戦争はまさに今までの海運業界のレジリエンスを超えてたんじゃないかと。表面的には政治の問題と見えても、下まで視線を落とせばコレ、間違いなくドローンの登場による危機で、戦術的進歩の問題でしょう。空爆と言えば軍事施設を、都市を攻撃するものというアタリマエが覆った。バカ安い無人機を大量に送りつけて海運業界を沈める方が効果が高かった。平たく言えば、20世紀の歩兵は塹壕で陸上の一線を制圧したが、21世紀の歩兵は面の展開で海も制圧する。本書で言い続けられてきた開運の危機耐性、コンテナの有能さに穴が開くかもしれない。そういう衝撃を、読んでいて逆説的に感じてました。多分、海運の保険料の変化を追えば今後どうなるか・業界は未来をどう読んでいるかが見えて来るんじゃないかな。
世のEV化の潮流もあるし、再び本気でエネルギー効率が追求される時代も来そうな雰囲気で、物質面のグローバル化はある程度頭打ちになるかも知れない。ま、情報面ではインターネットがある限り(コレも代替経路・代替プロトコルの豊富さが最初から設計に組み込まれてる)、AIはいまバカみたいに電気を食らう存在なので、まだまだスケールを強要して行きそうだけど。時代を見る目がひとつ深くなれた。読後の今は、そんな実感が、すごいありますね。
スクスト垢だったけど、最近二次創作アカウントに変貌しました。 2007年以降に書いた小説は全部PIXIVにありますよ(https://www.pixiv.net/users/986169)。基本的にオリジナルの世界の考察の物語。
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