原作小説『響け!ユーフォニアム 決意の最終楽章』とアニメ3期の違い
目次
原作における黄前久美子
『響け!ユーフォニアム』は黄前久美子の高校部活の3年間を描いた作品だが、シリーズオープニングの1年生編は上級生や親友に起きる事件の目撃者・視点人物として作用しており主人公でありながら作品主題を担うわけではなかった。探偵であり洞察者であったりもする(が、田中あすかには常にその推察能力は上回られていた)。
見ようによっては傍観者でしかない久美子の立場は2年生全国大会後の3年生の引退・新執行部が久美子を首班とした政権に移行した事でガラッと変わる。
優子部長の時はオーボエの鎧塚みぞれの覚醒が北宇治吹奏楽を牽引したが、滝が目指した音楽を部員の中リードする部員の不在や3年生部員の少なさ(彼らが1年生の時に起きた南中出身者の大量退部が影響)もあって、関西大会金・全国推薦なしという結果に終わった。
久美子部長での体制では麗奈がドラムメジャーとして日常の練習でも指揮をする機会が多く、部長が音楽性を担ったりはしていない。が、久美子は麗奈の尖った音楽性追求のための指導とは別に部員の奏者としてのステップアップを図る教育者としての才能を見せる機会も出てきたりしており、これが後々大きく育っていく事になる。
久美子はユーフォニアム歴が長く小学生の時に入っていた吹奏楽クラブから彼女の主観から見て卓越した奏者とは言えないがヘタでもなく、でも高校進学時は他の楽器に移るか考えたりする程度の気持ちで成り行きもあって入部を決めている(少なくともその時の北宇治は久美子が評価するようなレベルではなかった)。
性格が悪くやる気が高いわけでもない。冷笑主義にも見えた久美子が変わっていったきっかけは中学3年生の時の吹奏楽コンクールで麗奈とした会話、麗奈の側の誤解がきっかけであり、それを本物に変えていった1年間というプロセスがそこにあった。
そして久美子が部長となっての冬のアンサンブルコンテストの校内予選において久美子の才能は演奏の上達でつまづいている部員に対して的確な助言をして麗奈からも妬まれるような才能の存在が示された。
この状態で久美子3年生に突入したわけですが、そこで新たに直面したのは奏者としての久美子の才能は?という鎧塚みぞれや高坂麗奈、そして彼らと対峙した傘木希美や中世古香織の直面していた問題そのものでもある。
久美子は一貫してユーフォニアムに生涯かかわるほどに賭けてはいないから麗奈だろうが佐々木梓(立花高校吹奏楽部のトロンボーン奏者、プロ志望)だろうが動じない。そこだけはものすごく一貫していてブレない。でもその一方で久美子は将来何になりたいかという問いについて答えを持っていなかった。
結局その答えは奏者になるのではなく指導者、教育者として吹奏楽に関わり続けたいというアンサーにつながった。答えはおそらくずっとそこにあって、ただ見つけられてなかっただけなんだろう。
では奏者としての久美子は何を得たのか。それは全国でのユーフォソリを担当するものだった。これは奏者としての久美子の最高到達地点であり、原作における久美子へのご褒美と言うべきで何かの代償では決してなかった。
アニメ3期での改変
アニメ版と原作はいくつか違いを抱えている。例えば部員数は久美子1年生の時、原作より少なく設定されたため、大編成部門から外れた部員が小編成部門でコンクールに出場するという原作では継続して行われていたもの部員数の少なさゆえに実施されず、久美子3年生編でようやくアニメ版に取り込まれた(なのでアニメ版で大編成で載れなかった部員が「もなか」と呼ばれて部内だけの演奏会をやったりしない)。
大きな差異はないがただアニメーション制作側は原作踏襲に拘っているわけではない事を示す証拠ではあると思う。
久美子2年生本編を描いた映画『誓いのフィナーレ』では原作ではもっと先で出てくるような部員の基礎練習など指導して教える才能について滝先生が言及するシーンが前倒しして登場する(吹奏楽コンクールメンバー選考オーディション)。これ自体は映画でのオーディションの情景を描く際に適当な会話がないので持ってきただけじゃないかと想像はしている。
アニメ3期は当初原作を踏襲して展開していったが関西大会から大きく軌道がそれていく結果になった。大会毎のオーディション制について幹部3人で決めたことを謝る久美子たちは原作にはないものだった。彼らは提案はした。が、顧問の滝先生たちもその判断を支持しているが顧問たちは謝罪したりはしていない。筆者が思い出したのは映画『ソロモンの偽証』。中学生たちがある事件の真相を探るため模擬法廷を開くという手段を選ぶ。原作は決して大人に媚びず交渉して実施を勝ち取ってそれぞれがその将来に大きく影響を与えた事を描いていた。が、映画は模擬法廷でいきなり中学生たちは大人たちに感謝の言葉を述べて頭を下げた。中学生たちは対等ではなく大人の管理下にある事を示しており、制作者の中に「中学生らしさ」が露骨に出ていた。
アニメ3期でなされた改変はこれと同種だろう。ただ方向性は高校生らしさ、高校生ぐらいの子たちが理解できるわかりやすさに変更したように見える。
アニメ版の到達点は突き詰めると久美子がユーフォ・ソリの座を逃すという犠牲を差し出すことで北宇治吹奏楽は全国金を手にするだけという構図になっているのがわかる。そして久美子は指導者、教育者としての道を目指すという代償を得た。わかりやすい感動劇というべきだろう。奏者としての久美子には何も与えられていないのが筆者の最大の不満である。
Third movement coda
原作) 部長としての体験、人を育てるという経験から望んだ吹奏楽指導者の道+奏者としての久美子へのご褒美としての全国大会ソリ
アニメ3期) 部長として殉じた代償としての吹奏楽指導者の道。与えられなかった奏者としての褒賞
朝「えみり既読おそーい」(『違国日記』6巻より)
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