(35)ヘグセス国防長官の「自律戦闘兵器コマンド」という偵察気球
目次
統合軍とは
日本経済新聞2026年10月1日付け記事によるとヘグセス国防長官は軍関係者らに対する講演でAutonomous Warfare Command(AUTOWARCOM=自律戦闘兵器コマンド、自律戦闘軍)を2027年10月新規設置すると発表した。AIなどによる無人自律制御兵器は今後の戦争を左右する軍事革命であり、アメリカが優位を確保するために機能別統合軍(Functional Unified Combatant Force)として設けるというもの。
アメリカ合衆国軍は兵員・兵器の整備や教育など戦力供給を担うフォースプロバイダーとその兵員と兵器を用いて軍事作戦を展開するフォースユーザーに分かれる。
大統領は合衆国軍最高司令官として国防長官を通じて統合軍に命令を出し、これを受けて統合軍司令官とその司令部は配属されてる各軍種の兵力を用いて作戦を実行するという体制になっている。
例えば海軍の航空母艦は海軍という軍種の組織がフォースプロバイダーとして必要な仕様を詰めて議会の予算法案に書き込まれて建造、乗員を乗り組ませて所定の機能検査と問題があれば改修など済ませた上で「展開」(Deployment)を行い、時に実戦を行う。
今回のヘグセス長官の構想は、
(1)機能別統合軍として自律戦闘兵器コマンドを設置し
(2)当該コマンドが自律戦闘兵器を整備して、運用まで行う
というふうな構図があるように見受けられるが、フォースプロバイダーとフォースユーザーの概念から外れているのも明らかであろう。
合衆国軍の指揮系統とゴールドウォーター・ニコルズ法
合衆国軍の軍事力行使が軍種を問わないゆえの統合軍を通して行う形が明確になったのは国防長官が大統領の決定、命令を軍種横断、諸兵連合部隊としての統合軍に対して下すという今日的な指揮系統の確立によるもので1980年代後半の法律により形作られた(ゴールドウォーター・ニコルズ国防総省再編法、1986年)。
1947年の国防総省の設置により陸軍省や海軍省(加えて第二次世界大戦後に陸軍航空軍が分離されて設置された空軍省)は国防総省に属する兵員や兵器調達等を担う組織に変化したが、それでもなお陸海空の各軍種の縄張り意識や争いは指揮系統を複雑にして混乱をもたらすものだった。イランの大使館員救出作戦の失敗などカーター政権からレーガン政権における軍事作戦行動の問題をゴールドウォーター・ニコルズ法は大々的に整理して大統領が国防長官を通じて統合軍に命令を下し、統合参謀本部や各軍種の参謀長は大統領と国防長官の上級軍事顧問としてこれを補佐する明快な指揮体制が生み出され、そして定着した。
機能別統合軍とは〜TRANSCOMを例に
機能別統合軍は例えばTRANSCOM(輸送コマンド、輸送軍)は陸海空軍の輸送戦力の地球規模での運用を担っていて、航空輸送機から海上の補給艦船など統合軍などの部隊から依頼があれば航空機や輸送艦船を割り当てて、輸送機が空中給油の要ありとなればその給油機の手配を含めて到着予定など調整する巨大なロジスティック組織となっている。TRANSCOMはC-5やC-17のような空軍輸送機をオペレーションしているわけだが、そのような日常的な調整、指揮統制以外に将来的な輸送力の確保、例えばC-17の追加が可能であればできないかと空軍に打診、空軍は生産ラインを2015年廃止済みのC-17の製造再開を図るか、それとも新型輸送機開発プロジェクトを立ち上げるか、それともない袖は振れない、またはそもそも空軍という戦闘機乗りが頂点の軍種として蹴散らすかというような検討、縄張りや権力争いが起きた上でその結果が将来の輸送戦力のあり方を決めていく事になる。
TRANSCOMはあくまでフォースユーザーでもあるので戦力としての輸送機や艦船の建造については各軍種に対して要望し、そして各軍種はフォースプロバイダーとしてその要請・要望に対してどのように対応するか大統領府や国防総省、各軍種組織と連邦議会の間で調整されて決まることになる。
AUTOWARCOMをめぐるカオス
と考えるとAUTOWARCOMは普通に考えて機能別統合群であり、その任務は自律戦闘兵器を用いた作戦の統合式?になるの?という不可解な疑問に行き当たる事になる。自律戦闘兵器だけで戦争は行われない。自律戦闘兵器はフォースプロバイダーで調達されて部隊に引き渡し訓練へ経て地域別統合軍というフォースユーザーに提供されるものであると考えるのが普通であろう。ヘグセス長官の構想はこの時点でいろいろと破綻している。
長官、新軍種の方が良いのでは?
アメリカ合衆国の各軍種の兵器開発調達は極めて政治的であり、そして権力・権益争いとしての各軍種の縄張り意識が強烈に働く部分でもある。イラク・アフガニスタンで相次いだ簡易型爆薬地雷(IED)はHMMWY(ジープ後継の高機動車。バリエーションが豊富な兵員輸送車だが装甲は無いに等しく地雷や爆弾に弱い)は歯が立たず戦死傷者は多数で救助できても手や足、または両方を失ったりと後遺症にも悩まされるが退役軍人向け病院は不十分でという悪夢の連鎖が起きていた。ブッシュJr.政権の時のラムズフェルド国防長官辞任後の後任となったロバート・ゲイツ国防長官はIED対策として注目されていたMRAP(耐爆装甲兵員輸送車)をイラク・アフガニスタン駐留のアメリカ軍部隊に配備するべきであるとして行動を起こしたが、陸軍や海兵隊はHMMWY(いわゆる「ハムヴィー」)後継車両プロジェクトにとってMRAPは邪魔であるとして抵抗を示した。ゲイツ国防長官は少数のタスクフォースを設置して国防長官の特命プロジェクトとして推進、抵抗してきた人たちを押しやって1年ほどで最前線にMRAPの配備を開始させる事ができた。
なおそんな緊急性をもって導入されたMRAPに対して陸軍・海兵隊はHMMWY後継となるJLTV(統合軽戦術車両)を推進。さすがにIED耐爆性を持たせる事は要求仕様に含まれており、最終的にオシュコシュが提案製造した車両が採用された。お役御免となったMRAPはアメリカの警察のSWAT輸送車両などとして無償譲渡されている(言うまでもなく過剰性能であり維持費が高くつくプレゼントになったと言われている)
JLTVについては陸軍が相当数受領した中で調達の打ち切りを決定していて(海兵隊は継続)、なお紆余曲折は続いている。
とまあ、軍の兵員輸送車ひとつとってもこのような揉め事がついてまわるし、国防長官特命プロジェクトといえどイラク・アフガニスタン駐留部隊の役割が終えた後、緊急調達されたMRAPは正式な車両扱いされず、正式なプロジェクトを経て開発選定された車両(JLTV)に置き換えられた結果をたどった。
このような泥沼に果たしてAUTOWARCOMという本来フォースユーザーの位置にある機能別統合軍が対応できるか。極めて疑問である。装備の開発を迅速にするだけなら国防長官タスクフォースかDARPAでの特別開発支援プログラムによる企業の自主開発支援、自律戦闘兵器軍(AUTOWAR FORCE)という新規軍種の設置のいずれかでやった方がはるかに理にかなっている。
アメリカ軍の兵器は各州に部品サプライヤーが点在しているなどしていると、そのサプライヤーがある選挙区の議員はその兵器の「守護天使」となって簡単に削減や廃止に応じない。合衆国軍の予算は全て毎年連邦法として制定されて割り当てを得られる。大統領は各省庁の予算希望をまとめて予算教書として議会に送るが、別に議会はその内容に従う義務はなく、議会両院それぞれで検討して時に条文の追加削除まで行って手を突っ込んでくる。
MRAPの場合、ゲイツ長官の強い意志と小回りの利くタスクフォースが妨害を排除して緊急調達を成功に導いた。政治側で調整する人物は必要不可欠。MRAPは国防長官直轄でありその国防長官府の人材など動かしたから成功したのであって、4ツ星(大将)を任命しても政治側との折衝には限界がついてまわるだろう。機動力を生かして兵器開発での抵抗勢力や制度の迂回を図りたいなら議会との折衝力など軍人のセンスより政治家や行政官のセンスがはるかに求められる。
ヘグセス長官は自律兵器研究について着手するとしておりマスク氏、アンドゥリル社の創業者パーマー・ラッキー氏、ギングリッチ元米下院議長が共同で当たると発表しているが、マッチポンプという言葉が思い浮かぶ人も含まれているし、ギングリッチ元下院議員のような有名政治家を巻き込むのであれば、それこそ国防長官の上級顧問として議会対策の助言をしてもらった方が良いのではないだろうか。
AUTOWARCOMの設立は27年10月とされているが、ヘグセスが大統領選の予備選に出る気があるのか、それとも本選のランニングメイトを目指すつもりなのか、わからないがそのためにAUTOWARCOMをでっち上げて偵察気球をあげたのだとしてら政治家として巧妙であり注目していいかもしれない。この件の最大の効能はその点に尽きるので実際にヘグセス長官が推進することはない可能性がある。
『米国が「自律戦闘軍」創設、無人機推進し将官削減 ヘグセス氏表明』日本経済新聞デジタル版 2026年10月1日 13:09 (2026年10月1日 19:37更新)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB013S30R01C26A0000000/
朝「えみり既読おそーい」(『違国日記』6巻より)
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