もぬけの殻と身体の声

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『ままならない私たち 生きづらさを身体から考えるー 尹雄大(ゆうんで)イリナ・グリゴレ
往復書簡 2023年10月1日掲載より

"踊る祖母 尹より - だいわlog"

https://daiwa-log.com/magazine/yun_irina/life03

[現代では文字で確認できる情報と自分を照らし合わせ、確定していれば安心。そうでなければ不安を見出すようになっています。今では文字はすっかりそのようなツールとしての扱いです。

それに慣れると身体はこわばり、萎縮し、弱くなっていきます。文字という他者と自分とを同一化させていくからです。私たちは他者を他者として自分を自分として尊重できない時代に生きていると言えます。]

『ままならない私たち 生きづらさを身体から考えるー 尹雄大(ゆん うんで)イリナ・グリゴレ
往復書簡 2023年10月19日掲載

"人間の住むところ イリナより - だいわlog" https://daiwa-log.com/magazine/yun_irina/life04/

[肌で感じる]という表現がとてもすごいと思う。

[肌の色は関係なく、肌というものは何か世界から感じさせるのだ]

思い出すのはアフリカ部族の方と共に暮らしてみた研究者の方が赤ん坊は肌を密着させて(部族では大人も裸になって)抱くと泣かないと教えられたとあるTV番組で言ってました。

『田中泯さんが考える「反逆」 踊りも社会も集団で管理される現代』にも“言葉に頼るのではなく、自らの身体や細胞に注目するのです”と書かれてあった。

インド神話のマンガラについて6つの生き方があり、
“人を責めず、また罪悪感を持たず、
期待も妥協もなしに生きる。
正しいことをしようとしたり、良い人であろうとしたり、その場の調和を保とうとしたり、すべきだからという理由であることをしようとする、
という生き方に別れを告げること“

というのを思い出しました。

先のイリナさんが書いている

[レヴィ=ストロースでさえ誤解されている部分がある。本当に彼が伝えたかったのは、彼の名を有名にした構造主義ではなく、違う世界の見方だけであった。]

が気になります。 本能で人々が感じている部分ということでしょうか。

「心」とも違う、「言葉」でもない、「身体」の中からその中心からの眼差し という言葉が当てはまるだろうか、無理に言葉にでき得ない実体?に耳を澄ませることは忙しく日々を過ごす中では意識しないともぬけの殻のように動き回るだけなのかもしれない。

薄月の夜
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ꀘ꒐ꑄꋬ꓄ꉻ @kisatomii.bsky.social

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