一期一会の日記を書く人
先日書いた記事の続き
たまたま半月分が削除されたものと思ってた。
それから更新されたのをRSSリーダーでチェックしていて気づいた。毎日更新して翌日消すか非公開にしてると。
そうしようと決めた日から見えない記事にしてその前に書かれたアーカイブはそのまま残っている。
日記なのだから毎日書いては消す。
砂で描くチベットの曼荼羅のように、一言ひとこと丁寧に書き綴り一日公開したら無かったことのように表向きは消してしまう。
一期一会を楽しむ。君は一遍上人なのかと呟きたくなる。こんなやり方もアリだと思った。
たしかに誰かの書いた記事を再度読むことは無いし自分自身も読み返すことはあまりしない。ただ何年も経ってからあるキッカケで読み返すこともあり新たな発見があり(恥ずかしくもなり)逆に過去の自分に励まされたり面白い作業だと思う。物事の考え方感じ方は変化していてそれを確認できる。普段自分はずっと変わっていないと思っているのだから。過去ログは自分のためだけでもいいのかもしれない。
だけどそのブログをRSSリーダーを使うわけでもない人やそのサイトに登録した人以外の読者にとって、チェックしなかった者は読まなくても結構ということになる。それはそれで清々しい形になるのかもしれない。
私は1度読み込んでくれたRSSリーダーのおかげでしばらく前の記事まで読むことができるし忙しくて読めない時でもあとから読む猶予があるけどそれにしてもこれらの文章から挑まれるような緊張感が伝わってきた。
誰かの文章の真似事や人を惹きつけるための小手先の言葉や誰にでもわかりやすくないこねくり回した言葉でもなく素直にその時思った言葉や考えの連なり。ヒリヒリした日常の中で出会った人との間から生みだされたそれらの言葉が飛び込んでくる。
空と時々の記録 🔗 https://lit.link/kisatomii
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