体をかばい、心が暴れる
この話を書いた最後に付け加えたこと:
この話を書いたあと、今本棚にあるこの本のことを思い出した。
「要するに」って言わないで / 尹 雄大
この本が伝えている事ができるようになる頃、もしかすると私は、今のこの悩みを捨てられるのかもしれない。なんてね。それでは、以下に続きます。
昨日あたりから、微妙に頭が痛い。体が重い。
実は今日、楽しみにしていたショルダーバッグが無事に届いた。だからこのうれしさに任せて、おろしたてのバッグに早速荷物を詰め込んで、外で本を読みつつ手紙でも書きたい気分なのだ。
外に出てやりたいことはたくさんあるのに、漠然と外に出られない。
まず今は、どんな調子だろう。
頭が痛い。じんじん痛くて動きづらい。横になってると少し楽だ。首も痛いしいつものだろう。
軽くめまいがする。立ち上がるとくらくらする。横になれば収まるので、これもいつものだろう。
目が痛い。目の病状が進行しているようだ。今日はいつもよりも、白い画面を見ているのが難しい。Blueskyはダークモードにしているが、ほかのアプリもダークモードを設定しておけばよかった。
寒気がする。これは謎。今もぞわぞわと鳥肌が立っている。
原因は季節の変わり目や寒暖差、いよいよ見えなくなってきた目のこと、長時間のデスクワーク、自律神経関連、正直心当たりは色々とある。
すこし周囲に頼ることができたものの、今も「ケアできない期」の真っただ中だ(※あまり誇ることではない)。
まずは自分で動けなくては……そう思いつつ、「動けないから頼る」のか?という言葉が、ぼんやりと宙に浮かんで消えていく。ベッドの中にいるのは心地が良い気がする。
とりあえず、体の様子を伺ってみよう。まず熱を測ってみる。平熱。寒気がますます謎みを増した。
水分を摂ろう。サプリを摂ろう。目を閉じてみよう。バッグにものを入れてみよう。
ご飯を食べよう。これは2時間くらいかかってやっと準備にとりかかれた。
お風呂に入ろう。これはその倍の時間をかけてやっと入れた。
さて、そろそろ家から出られるかな?
時計を見ると20時半。この時間では、もう外に出られない。
思えば最近、こういうことばかりな気がする。体の様子を伺い、伺っているうちに時間切れになるのだ。自分で思っていた以上に外に出にくいと感じているのは、こころの欲求に体が追い付いていないからなのかもしれない。だからこころが暴れだしそうなのだ。
これは果たして、どちらに従うのがよいのだろうか。こころに従い体が壊れるか、体に従い心が暴れだすか。私はまだ、”あいだ”というものがわからないのだ。そしてそれを会得する必要がある。
たとえるなら2人の子供がいて、「昨日は〇〇ちゃんリクエストのごはんだったから、今日は△△ちゃんリクエストのごはんね」と、それぞれを宥めるような。そういう、こころとからだのすり合わせや納得が必要なのかもしれない。言うなれば、おそらく、「希望的諦念」みたいなものが必要なのだ。
私は、不満で暴れだしそうなこころや欲求を従える手段として、極度に自傷的なものか、抑圧的なものしか知らない。極端かつごく個人的な手段しかもっていないのだ。
それをやめる必要がある。そろそろ、”あいだ”を見つけていくのがいいのだと思う。
なんだかようやくわかった気がする。よかった。これで少しは前に進めるかもしれない。
次はもうちょっと、こころの言うことも聞いてあげるターンにしよう。
もちろん、無理のない範囲で。
喜びや感激が痛みを消してくれる。苦しみを感じなくさせてくれる。
この一時が、ずっと続いたらいいのに。苦しみを感じなくてもいいときが、もっと続いたらいいのに。この喜びが、ずっとあったらいいのに。
私はつくづく、お酒やたばこ、ギャンブルに依存する人間でなくてよかった。
もし眠って夢だけを見ていられるならその方がよいとも思った。
そんな夜10時。今日はもう寝る時間だ。
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日記
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